こうこの話

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これまただいぶ前ですが、以前書いた話(下の方)の方に聞いた話です。
もうだいぶ忘れてしまって色あせてますが書いておきます。
ご本人ももうだいぶ忘れてきてしまって、もう話は聞けないかも。残念です。
奉公先で荷車を押していたら、名古屋市内が爆撃されるのが見えてそりゃあすごかったとか、

別の奉公先の湯屋で、屋上?で洗濯をしていたら客間(半二階)が若い女の声でえらい賑やかなので天窓からのぞいたら、尼さんの団体が慰安旅行に来ててくつろいでた話とかいろいろ聞いたんですが、親戚の家の話が面白かったのでそれを。

たぶん戦後の話ですが、東京の親戚の家身を寄せたそうです。
その家には従兄弟の「こうこ(考子?)」とその母、あと叔母が居た様子。
考子さんは女ながら医者で、エライ気が強かったと言っていました。
「配給の魚をもらいに行っても一匹はもらえないから、ご近所とわけるんだよ。
みんなで包丁で切り分けるんだけど、ちょっとでも遅くなると考子が怒って家から叫ぶわけさ。
『トメ!早くしなさい!』ってさ。ご近所もみんな考子がうるさいって知ってるから、
『トメちゃん、先に持って行きな』って言ってくれるんだよ」
と言っていました。

「でもね、考子が医者になれたのだって、考子のお母さんとおばさんが一生懸命お金を出したからなんだよ。
着物を縫う仕事をしてたんだけど、おばさんは特に手が早くて、一日二枚(記憶曖昧)は縫ってたねえ。
あの人は本当に文句ひとつ言わず働いて、優しくてエライ人だった。でも考子はつらく当たっていた。」

そして話はおばさんのことに。
「でね、縁があって北海道の方に嫁いで、ワタシ(トメさん)は考子にいじめられるのが増えたけど、
おばさんは逃げられてよかったと思ってたんだ。でも、おばさんに子供が生まれた時、考子のアホタレがおばさんを呼び戻して、おばさんは子供と別れ別れになって、ずっと会えなかったんだよ」

と言う話でした。なんで呼び戻したか、なんで帰れなかったかは聞いたんですが、イマイチ理解できなかったんですが、医者になった考子さんはけっこうお金持ちになったのでいろいろ逆らえなかったような事を言っていました。

いろいろあるものです。まったく昔の人の話は面白いです。
それこそ小説より奇なり、ですね。

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